雪の日のぬらりひょん

 12月24日にソイツは来る。サンタさんかと聞いたら『ぬらりひょん』だと答えた。
 毎年のようにぬらりひょんはやってきて、次の日には帰っていく。一年に一回、奴に会えるのは全国のオモチャ屋さんの決戦日だけだった。
 母さんは何も言わずにぬらりひょんを歓迎して、一緒に酒を飲んだり、クリスマスだからと豪勢に作った料理を振舞う。少しは客人としての礼儀をもって接すればいいのに、ぬらりひょんは至極当然であるかのように母さんにタメ口だ。ついでに俺にも偉そうな態度だ。そして感謝の言葉一つ言わずに帰っていくのだ。
 ぬらりひょんという妖怪がいて、それらは家人でもないのに勝手に家に入り込んで飲み食いしたり、さも住人であるかのように振舞うらしい。容姿は定かでない。一般的イメージとして頭の大きな老人の姿が定着しているが、それは江戸時代の人が想像して描いた姿だという。良い悪いすらも定かでなく、ただ家に上がって住人のふりをする変な存在であることだけは伝わっているそうだ。
 そんなぬらりひょんが来るようになって10年以上になる。もう妖怪だなんて信じるわけがない。サンタさんの夢はぬらりひょんが来た当日に壊された。
「サンタ? そんなのいるわけないだろ。プレゼントは親が買って来るんだよ。で、俺はぬらりひょんだ」
 まだ幼稚園児だった俺は始めた会ったぬらりひょんをサンタさんだと信じた。そして書き溜めていた手紙を渡したのだが、帰ってきた返事がそれだ。その後テレビを占領したり、料理を独り占めしたり、俺が入っていけない話を母さんとしたりと、ぬらりひょんはクリスマスを妨害しまくった。以後、何年もその暴挙に甘んじることになる。
 しかし翌朝のクリスマスの日になると、ぬらりひょんの姿は消えていて、クリスマスカードが枕元にある。プレゼントはない。
「何だよ、あいつ」
 そんな俺の態度に母さんはニコニコを笑みを浮かべるだけだった。お菓子箱を改造して作った自分専用の棚にクリスマスカードを保管する。丁度10枚。
 今夜もぬらりひょんが来るなら11枚になるだろう。
 
 けれども今年のクリスマスイブにぬらりひょんは来なかった。
 その代わり母さんは豪勢な料理を用意して、好きなテレビを見てもいいと言ってくれた。
 クリスマス番組のテロップに傷害事件のニュースが流れて、それから死亡者が一人出たという内容にかわってもぬらりひょんはやってこなかった。
 翌日、母さんは黒い服を着て出かけていった。枕元には生まれてはじめてのクリスマスプレゼントが置いてあった。カードが添えてあって名前は無かったけれどもぬらりひょんだと俺にはわかる。
 プレゼントは興味のないおもちゃだった。ゲーム機じゃないのは母さんが嫌がるからだろうと気を使ったのかもしれない。そして俺がはじめた合った日に渡した手紙が束になって包んであった。
 サンタさんに渡した手紙以外にも、あて先不明の手紙ばかりがくっついていて、送りたかった人間にきちんと届いていたんだと俺は知る。そして母さんが出かけた理由も察することができた。
 もうぬらりひょんは来ないのだろう。
 クリスマスカードを入れていた菓子箱に手紙を突っ込み、戸棚の奥にしまいこんだ。母さんはぬらりひょんの本当の名前を教えてくれるだろうか。
 いいや、ぬらりひょんのままでいいんだ。名前なんかで知ってしまったら、多分俺はぬらりひょんを許せないだろう。
 部屋の中は寒かった。窓の外で吹き荒れる雪のせいだと思いたい。けれどそうじゃないのは、わかっていた。年に一度会う程度の思い出だけで良かったのだと心の中で気づいていたけれども、部屋の中がとても寒かった。 
 明日になれば雪もきっとやむ。そして部屋の中も暖かくなっているはずだから、今日だけ我慢すればいいんだ。
 けれどクリスマスが近づくたびにぬらりひょんのことを思い出すんだろうなと苦い気持ちが込み上げてくる。やっぱり奴は妖怪なだけはあったんだなと痛いほど思った。

 もう雪の日にぬらりひょんは来ない。


おわり