momotarou

年金暮らしの爺さんと婆さんの家に娘が訪ねてきた。
「おじいちゃん、私この桃を売らないといけないの。ノルマ一日に30個よ。お願い、一つでいいから買ってくれない?」
もうろくした二人は可愛い娘をとっくにオバちゃんになっている孫と思い込み、桃を買うぐらいなら簡単だと安心した。
長男夫婦とは余り仲が良くなく次男は家を出たっきり、どうなったのか全く判らない。手塩に育てた長女も、嫁に行ってからは、頻繁に家に来なくなった。
 半分ボケた二人を注意する者は周りには居なかった。ミチコちゃんと、孫の名前で呼ぶ老夫婦に娘は「ラッキー♪」と、口元をほころばせる。
 娘は二人に言った。
「この桃、タダの桃じゃないのよ?中から鬼退治してくれる子供が生まれるんだから。」
二人は孫を助けてやろうという気持ちに流されて、桃の説明などろくすっぽ聞いていない。
「今なら10万円!10万円で子供が手に入るのよ!!」
「「買った!!」」
 見事二人の声はハモリ、桃1個が老夫婦の下に残された。

 それから十数年。
 寿命と高血圧によりポックリ逝った爺さんの家では、何処の馬の骨とも知らない若者が遺産を受け継いだ。親族は家庭裁判所に訴えたが、遺言状には若者の名前も明記されていたので遺産分配の訴訟は泥沼と化していた。
 それだけなら別によくある話で済んだだろう。
「ありえない!!!」
 親族は鼻息を荒くして、訴える。
「彼を良く見てください」
「ええ。まあ、小柄な方ですよね」
「それだけじゃないでしょう!!」
「大きな瞳ですよね。見ていると、チカチカしてきます」
「それだけじゃないでしょう!!!」
「凄く肌が白いですよね。白いっていうか……」
 桃から生まれたのは明らかに人間ではなかった。
 親族はさる研究機関に引き取ってもらおうとしたのだが、その手の宇宙人は結構出回っているらしく、怪しげなマニアや宗教団体ぐらいしか買い手が居ないようだった。
 最近では野生化した彼らが畑を荒らすので問題になっている。一人見つければ三十人潜んでいるとも噂になっている。

 醜い遺産騒動を繰り広げる親族達を彼はアーモンド型の瞳の奥で見つめていた。
 桃太郎が鬼退治に旅立つのはそう遠くない日のようである。


おしまい